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こんばんは。3年ぶりです。 こちらのページに最後に文章を残してから、3年も月日がたっていました。 存在を忘れていた訳ではありません。 においを嗅ぐみたいにかぽっとフタを開けに時々立ち寄っては、 またそっとフタを閉じて何食わぬ顔をして通り過ぎたり。 そんなことをして、3年間そっとしまっておきました。 いまこうやって文章をつづりだしたのも、特別なことがあったからではありません。 ただ、かきたいなと思ったから、かいてます。 2005年の10月からブログというものを始めて いまで6年、時がたちました。 あまりに気まますぎるものだから、その歳月に見合ったブログでは全くないけれど それでも、文章はそのときそのときを新鮮に残してくれています。 写真は、それをえいっと撮影した瞬間の映像さえ思い出させてくれます。 6年の歳月は、私を成長させたのかな。 小学校に入学したばかりの幼児が、まもなく中学校に入学するほどの歳月。 こどもとおとなの密度を比べちゃだめよ。と言うけれど 時間はみんな平等にすぎるはず。 地球は、毎日同じ速度でまわって、小走りしたりしない。 ポラロイドのフィルムの販売が廃止されてしまったことが、ブログお休みの理由ではないけれど。 ポラロイドのフィルムが他社製で発売され出したことが、ブログ再スタートの理由でもないけれど。 ふぅ、撮りたいな。 さて。
ずいぶんと長い間、お休みをしてしまいました。
8月いっぱいで会社を退社してから、文字通りお休みの期間でした。 お休みしながら、いろいろ考えました。 それまでの生活と、これからの生活と。 自分がいま何に向かっていきたいのかと。 生活のタイミングに逆らわずに、そのときに適した機をちゃんと見つけられるように。 むずかしいです。 でも、焦らずに自分の流れと足並みをそろえていこうと思いました。 自分から追いかけると上手くいかないことも多いけど、 自然にこちらに向いてきたものに上手く乗れたりすることがよくある気がします。 タイミングにちゃんと気付くことが大切なんだろなと思います。 もちろん、追いかけたからこそ訪れる好機なのだろうけれど。 長崎にいました。9月から12月までの4ヶ月間。 新しい土地に住んでみることは、自分の中の湿った茶色の土にばらばらとひまわりの種をまくような、そんな感覚がします。 違う土地の人たちに出会える経験が、とても好きです。 いつまでも心に残りそうな時間を過ごすことができました。 今日からまた、お仕事復帰でスタートしました。 だいぶお休みしていたけれど、以前から働いたことのある方たちとだからかな、 はじまってすぐ全く以前のように普通にお仕事に戻っていました。 自転車に乗るように、1度手と脳にインプットされた作業は感覚ですぐ戻るものなんだぁとちょっと感心しました。 明日もお仕事、年末は慌ただしく終わりそうです。 ![]() 和歌山を訪ねました。恋人さんの生まれ育った故郷です。 珊瑚礁と色とりどりの魚が泳ぐきれいな海をのぞいてみたり、世界遺産の熊野古道を訪れたり、温泉につかってのんびりしたり…いろいろなところに連れて行ってもらいました。 本当に楽しかったな。 それでも一番うれしいことは、恋人さんの大切なお母さんお父さんにお会いできたこと。彼が育った自然や風景を見れたことです。 夜、夕飯をいただいて外に散歩に出ると、お家の前のきれいな大きな川にお月様の柔らかい丸がやさしく映っていました。深い夜の山々を背景に映る月の光は、なんだか幻想的で映画の中のワンシーンみたいだった。「すごいね、きれいだね」って言いながら2人でその風景を眺めていたほんの短い夜の時間が、今はなぜか一番心に残っています。 その夜、生まれて初めて天の川を見ることができました。 ![]() 魅力的なこのフレーズが私の耳にばっちり残って、 今月に入ってから毎朝、金のフルーツタイムをとるようになりました。 金。そういわれると摂らなきゃ損!と思ってしまう何とも上手いフレーズです。
昨年の10月、初めて絵本のコンテストに応募しました。
お月さまのお話。 小さい頃、たぶん小学校5年生くらいだったかな、 まんまるのお月様をみて、自分がいる世界は壷かなにかの中で、 あのまんまるな光は壷から外に出られる唯一の穴なんだろうという考えに行き着きました。 あの白っぽい黄色い光の中をくぐり抜けて外に出ると、どんな世界があるのかなぁと、いつも想像していました。 大人になった今では空のずっとずっと上の方がいったいどうなっているのかは知ってしまっているけど、それでもまんまるお月様の日は、その光を口を開けて見つめながら、あながちなくもない話かもしれないぞと思ったりしています。 お月様の穴をくぐると、そこには真っ黒まんまるお月様が空で輝いている世界があって、 ほんわか優しい月の精がわいわい仲良く暮らしているのかも。 だって誰も月の光をくぐれた人なんていないだろうから、それはあるかもしれないしないかもしれないこと。 そんなお話の絵本です。 子供のころから小説のような本をたくさん読んできた人は、想像力がとても豊かに育つと聞いたことがあるけれど、私はどちらかというと小さいころは読書が嫌いで、人と比べても読んだ本の数は少ない方です。ある年齢のときにいきなり小説にのめり込んでひたすら読み続けた記憶はあるけど。 それでも私は自分で自分のことを、たぶん想像力豊かなほうの人間だと思っています。 それは私にとってとてもいいことなのだけれど、時々私に余計な苦しみをくれます。 想像力豊かで、なおかつ時々考え過ぎだからかもしれない。 救いなのは、ネガティブ一直線人間ではないこと。 想像力がなければ、人の痛みも悲しみも自分に置き換えて考えられない。 相手がどんな気持ちだったか、もし自分だったらどう感じただろう。 それが出来る人は、安易に人を傷つけないし、そこから思いやりは生まれるんだよ。 そう、教わったことがあります。 そのことばは私にとってすごく忘れられないもので、想像力のすごく乏しい人間ではなく育ててくれた両親に感謝しなくてはと思いました。
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